iACTが支援した研究開発成果シリーズ【第2話】
「SUKNA」〜患者の皮膚ダメージを軽減するノーズピース
2019年12月以降、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、経鼻内視鏡手術の現場は一時停止を余儀なくされました。医療従事者の感染リスクが指摘される中、手術中に発生するエアロゾルを抑制し、安全性を確保するためのデバイス開発が急務となりました。ここから生まれたのが「SUKNA」(スクナ)です。

(写真提供:株式会社山本金属製作所)
〈主な研究開発メンバー〉 坂本 達則 医師 菊地 正弘 医師 松永 麻実 医師 山本 憲吾 氏 服部 華代 2020年初頭、COVID-19が猛威を振るう中、経鼻内視鏡手術による感染リスクが問題視され、手術の制限が検討されました。これを受け、研究者たちは「安全に手術を継続できるデバイス」を開発するために動き出しました。 SUKNAの開発は、医療機器開発では珍しい「アジャイル型」で進められました。通常、医療機器開発は年単位で進みますが、SUKNAは約半年で形になりました(上図 研究開発スケジュール)。まず、医師たちがイメージを語り、(株)山本金属製作所が手書きで構造図を作成し、試作品を3Dプリンターで迅速に作成。医師たちが自分たちで装着したり、人体模型に装着したりするなどして問題点を見出し、使用感をテストしながら改良を重ねました。 初期モデルSUKNAは、医療現場での使用を通じて改良点が見つかりました。エアロゾル防止機能だけでなく、鼻粘膜の保護という新たなニーズが浮かび上がりました。ここで研究開発に松永麻実医師(京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科)が加わりました。「手術後、鼻の入り口が赤くなることは当たり前でしたが、SUKNAを使用すると皮膚へのダメージが低減されることが明らかになりました」と松永医師。この発見をもとに、「SUKNA model2」では材質や形状を調整し、より快適に使用できるよう進化させました。 (株)山本金属製作所にとって、このプロジェクトは単なる製品開発にとどまらず、「医療機器メーカー参入への第一歩」でもありました。これまでBtoB (企業間取引)を主とする製造業だった同社は、初めてBtoC(現場向け製品開発)に踏み出すことになりました。 SUKNAの誕生は、医療機器開発の新たな可能性を示しました。アジャイル型による短期間での開発、産学連携、そして新たな医療機器メーカーの誕生——すべてがこのプロジェクトの大きな成果といえます。 詳しくはこちら(京都大学医学部附属病院HP)もご覧ください。(vol.135 p.09-10参照) (2025年1月収録)
〔京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科(当時)〕
「期限があるなら、間に合わせるために動く」
研究費の締め切りが迫る中、短期間で申請をまとめ、開発へと進めました。最初から完璧を目指すのではなく、「まずは応募し、試作しながら改良する」ことが成功の鍵となりました。
〔京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科(当時)〕
「既存の製品を調べ、試しながら改良する」
まずは市販の類似製品を取り寄せ、それを参考に改良を加える形で開発を進めました。全く新しいものを作るのではなく、「今あるものをどう工夫すればより良くなるか」を考えることが重要でした。
〔京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科〕
「現場の反応を見ながら調整する」
手術で実際に使用し、現場のフィードバックをもとに改良を加えていきました。当初はエアロゾル対策が主目的でしたが、使用するうちに「鼻の粘膜を保護する」という新たな価値が見えてきました。
(株式会社山本金属製作所、山本精密株式会社 代表取締役社長)
「試作と改良を繰り返し、短期間で完成度を高める」
アジャイル型開発を採用し、3Dプリンターを活用してすぐに試作品を作り、医師とやり取りを重ねながら改良を進めました。開発期間が限られる中、試作・検証・調整のサイクルを素早く回すことが重要でした。
(京大病院iACT)
「適切なパートナーをつなぎ、最適な協力体制を作る」
研究者だけではなく、迅速に対応できる企業を見極め、適切なタイミングで橋渡しを行いました。京都大学と大阪の企業を結びつけたことが、開発成功の大きな要因となりました。
図 研究開発スケジュール
開発のきっかけ:コロナ禍の切実なニーズ
坂本達則医師(当時:京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科)を中心に、菊地正弘医師(当時:京大耳鼻咽喉科・頭頸部外科)が参画し、株式会社山本金属製作所(代表取締役社長:山本憲吾氏)とタッグを組むことになりました。企業との協力を仲介したのはiACT(担当:服部華代)でした。(株)山本金属製作所は医療機器業界参入への展望を持っていましたが、当時は医療機器を扱う企業ではありませんでした。
「とにかく短期間で成果を出さなければならない」——それが開発チームの最大の課題でした。研究費の公募が4月24日、締切が5月4日。目前に迫る中、わずか10日間で企画書をまとめ、ゴールデンウィーク中に試作へと動き出しました。試行錯誤を重ねた開発プロセス
最初の試作品は単純な2連チューブでしたが、手術器具の操作性や患者の快適性を考慮し、設計を大幅に変更。結果として、手術時のエアロゾル拡散を抑えると同時に、鼻粘膜へのダメージ(医療関連機器褥瘡:MDRPU)を低減する革新的なデバイスが完成しました。従来は手術機器が鼻前庭に接触し、傷つけてしまうことがありました。エアロゾル回避のため開発したSUKNAは、患者さんの治療において、当初の予想外の大きな利点を生み出すことになりました。実際の手術現場での評価と改良
新たな医療機器メーカーの誕生
「この経験を通じて、患者や医療従事者のニーズに直接応えるものづくりの大切さを学びました。今後も医療機器分野で新しい価値を提供していきたい」と同社の山本氏は希望しています。未来への展望
開発チームは、現在も改良を重ねており、より多くの医療機関での導入を視野に入れています。経鼻内視鏡手術において、SUKNAは術者を支援し、かつ、患者さんの安全・安心にも貢献できる医療機器として、一層の発展が期待されています。